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| トップページ > 施設のご案内 > 稲荷山宿・蔵し館 蔵し館は、幕末から明治期にかけて「商いに国境なし」という「稲荷山魂」を説き、生糸輸出の先駆者となった 「カネヤマ松源製糸」の松林源之助・松林源九郎が築いた「松林邸」を修復・再生したものです。主屋は古い町屋の生活空間 を再現しています。 西側二階建ての倉庫は、「くらしの資料館」としてかつての稲荷山の生業や生活の様子を物語る民族的資料を多数展示しています。 主屋 白土壁で塗り固めた典型的な「土蔵造」の建物です。これは、江戸で発達した耐火建築様式を弘化の大地震の後、 いちはやく取り入れたものといわれます。街道に面して頑丈な大戸とくぐり戸が設けられ、土間に続きます。 土間右手の部屋がオタナ(店)で、商いの最先端でした。その奥に居間と中座敷、奥座敷が続きます。 二階は商品の保管室、遠来の客の接待、宿泊、宴会場、奉公人部屋・・・などと、さまざまな機能をもっていました。 土蔵(資料館) 「くらしの資料館」としましたが、かつては商品の保存蔵で、南北に階段が設けられ、階段が吹き抜け穴が広くとられています。 二階吹き抜けの上には、大きな滑車が取り付けられ、商品の出し入れが頻繁におこなわれていたことを示しています。 また、この二階は、コミュニティホールとして、しばしば寄合いや宴会、時には経済・商法研究の場として用いられ、 稲荷山の人々の心をつなぐサロンともなっていたといいます。
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